History

History💫

1.  定期検診の理由(わけ)

2.「がん」の疑い          〜 CT検査 〜

3. 疑いを晴らす手術 

❤️手術

💙術後

💚「結果」治療 抗がん剤治療との闘い

💚心(こころ)の自己治療

◉復帰への道

◉◉(^-^)メッセージ◉◉

 

Hello.

今日も訪問していただけて嬉しいです。ありがたいです。

日々、ちょっとしたこと、アップデート(更新)していきます。

2017・02

今日も。今も頑張っている皆さん、頑張っている=耐えよう、=前向きに進もう、というみなさまへ

なんとか頑張って。

わたしも夜中に何度も何度も。

すごいわかります。

ちなみに、明日は定期検診です。採血、組織片とったり、エコーやっていただいたり。お互いファイト!

 

History1.💫

  1. 定期検診の理由(わけ)

チョコレート膿腫(のうしゅ)で入院したことがあった。

■症状:腹痛(歩くのに、下腹部にズキン、ズキンと響いて、まともに歩けず、診察後すぐに入院)

■医師より:片方の卵巣がチョコレートを溶かしたようにどろっとしたものが溜まっている。調べてみよう。

■結果:良性

■手術:しない

■入院:5日間

🌟
ちょうど、「がん」発覚の2年ほど前。2009年のこと。
「良性だから大丈夫。でも、念のため定期的に、そうだね、半年に一度は経過観察しましょう。」というのが総合病院、医師のアドバイスだった。

病院は、患者さんのことをとても大切する経営方針のとおり、とても親切に対応してくれた。

おおよそ、半年に一度は、総合病院を予約、定期検診を受けていた。

約2年間、毎回毎回、まったく異常はなく、つまりチョコレート嚢腫が大きくなるわけでもなく。

自分としては、毎回、大丈夫なのだから自分のお金の節約と、定期検査に行くのも面倒になってきてた。

 

💫History メニューに戻る

History2.💫

2.「がん」の疑い 〜 CT検査 〜

「また今回も仕事を休んで検診。どうせなんでも無いんだから、行かなくていいかな。」

そんな考えを後押しするかのように、定期検診時期が近づいた頃、ちょうど仕事の事業内容の都合で、私が、月に一度は地方へ数週間、出張へ行くことに決まった。

定期検診予定の半年を過ぎ、7ヶ月を過ぎ、8ヶ月を過ぎ。

9ヶ月を過ぎた頃、やっと定期検診の予約をしようとしてた。

そんな時、咳がではじめた。2010年の12月だった。

 

風邪かな、風邪くらいで病院行くのやめよう。

でも、1週間経っても、咳は止まらなかった。カラカラに乾いた咳。

痰がからまない咳。

昼間よりも、夜中寝ている間がとても酷かった。

2週間経過して、さすがに診てもらおうかな、と思い、地域の病院へ。

強い咳止めの薬、眠気とたたかいながらの仕事を普段と同じく頑張った。

 

チョコレート嚢腫の定期検診、3ヶ月遅れただけでなく、咳のせいで、更に1ヶ月遅れ。結局、前回から10ヶ月目、4ヶ月遅れての定期検診だった。

いつも通り、エコー検査。

早く検査を終わらせて、仕事に戻らないと!ほんと、何でも無いのに面倒。。

結果は、大したことない。ただ1つだけ。ちょっとチョコレート嚢腫と反対側の卵巣に気になる影があるから、検査しようと。

予約を取るのに時間がかかるはずなのに、なぜか、1週間以内の早い枠に無理してCT検査の予約を入れてくれた。

2011年2月9日  CT検査

2011年2月14日 MRI検査

普段は、結果は後日、また予約をするはずが、その日のうちに先生へ送られ、40分くらい待った後、診察室へ呼ばれた。

 

「画面みてもらえる?ほら、これがチョコーレート嚢腫ね。左側、この大きさは大して変わって無いんだけども、反対見るよ。これ右側の卵巣ね。ほら、ここに、うっすら影があるのわかる?」

ハイ。

画像自体が黒色の画面に白っぽいノイズが入ったような画像がほとんどで、私の目には、影なんて、めちゃくちゃ、うっすら。小さい。目で見てもほとんど気づかない。

「これね、まだハッキリしたことはわからないけれど、卵巣腫瘍。悪性の可能性もあるんですよ。手術でお腹を開けて見ないと何とも言えないんだけど、これは手術した方が良いと思います。」

はい?・・・・悪性って、言うと、その・・・・

「うん。ひょっとすると、そうですね。ガンに見えなくないです。ここの影の部分が。手術して、取り出した組織を調べてですね、良性だったらそれはいいことだし、今のこの段階では、3つの可能性が考えられる。何とも言えないんですよ。ただ、手術してここは取り除いた方がいいと思います。」

そうですか・・・・。・・・あの、もしガンだったとしたら、もう仕事はできないんでしょうか。もう働けないんでしょうか。

「いやいや。まだまだ、動けますよ。そんな心配しないで。」

はぁ・・・・。

 

🌟

こうして、手術の段取りが始まった。

癌と診断されたわけでは無いのに、38歳でこの世の終わりになるかもしれない、大好きな仕事も辞めさせられるかもしれない。いや、でもこんな元気だし、食欲だってあるし、好きなワインも美味しく飲めているし、全く何も違和感すら無い、いつも通りの毎日。ガンなわけが無い。

まさか、わたしががんになるわけがない。

 

とは言え、ドキドキ、不安ばかり。担当医師に、サプリメントは飲んでも良いかを確認し、癌予防というサプリメントをダッシュで購入。普段、あまり気にしていなかったサプリメント、プロポリス、プロポリスの原液、クロレラ、神にもすがる思いで飲み始め。明確には効果実証しているか不明だけど、事実、余命数ヶ月という癌患者の知人経由でも、プロポリスとクロレラを飲んで、その後、癌の再発なし、元気元気パワフルに活躍している人もいるから。それを信じるしかなかった。

サプリメントは複数種類を神頼み!という気持ちで定量を飲み始めた。

 

そして、輸血を使わない方針にて。

✅ 2011年3月2日

自己血1回目 400ml

✅ 2011年3月9日

自己血2回目 400ml

 

この時、手術日が3月17日に決まった。

どうやら、手術前に、たくさんの検査があるとかで、早めに入院しが方が良いと。3月9日の自己血2回目のときから入院。

推定される入院期間:術後数週間の予定

手術内容及び日程 :3/17(木)卵巣腫瘍根治術を行います

他にも、入院診療計画書には、不安なことは何でもお話ください。と書いてある。病院の方々は、懇切丁寧なかたばかり。

質問すると、笑顔で優しく応対してくれた。

「わたしは、ガンなわけないと思ってるんです。」

「手術して、少し痩せられるかも。最近太っちゃっていたから、綺麗になって退院できるかな。」

なんて、微笑みながら話をしてた。血液検査の結果も、腫瘍マーカーは問題なし。ほんと、一日1つの検査をするかしないか、なのに、何でこんなに手術前に早く入院しなきゃいけないんだろうなぁ。。

卵巣の腫瘍なのに、何で、肺の検査もするんだろうな。

卵巣なのに、何で胃カメラ飲むんだろうな。横になりながら初めて自分の胃の中を見た。(上部消化管内視鏡検査

卵巣なのに、なぜ大腸もカメラ入れなきゃいけないんだろうな。そんなに心配なのかな。(下部消化管内視鏡検査

2011年3月10日 胃カメラ 異常なし

2011年3月11日 大腸カメラ 大腸憩室症(上行結腸)

結果は特にどれも気にすることはなかった。

「やった〜!これで家に帰れる!」

3月11日、午前中に大腸カメラを終えた後、2泊3日で自宅への外出許可を得ていた。「あまり日常生活、無理しないでください。」という前提のもと。

久しぶりに、私服に着替えた。

これだけでも、開放感があった。

車で45分ほどの自宅へ帰ろうと、入院部屋と同じフロアの休憩室でカップの抽出コーヒーマシンに90円を入れ、ホッと一息つき終えた14時50分ころ。

看護師さんに「じゃぁ、一旦帰りま〜す。また・・・えっっっ!?」

5階。すごい揺れた。なにこれ、止まらない。ちょっと。ちょっと。

壁に左手をついて、右手もつけて。体を支えるために両足開いて踏ん張って。

なにこれ、長い。えっっ、病院内の電気が消えた。

エレベータが止まった。テレビもつかない。なにが起きたかわからない。

え?自宅は大丈夫か。わたしがしっかりしなきゃ。家を守らなきゃ。

考える間もなく、5階から階段を走り降り、駐車場まで小走り。

車に乗り込んだ。3日ぶりにエンジンをかけ、赤色の軽自動車を走らせた。車では、ラジオをつけることができた。すごいことになってる。え、大変だ。

 

🌟

結局、自宅での外泊中、ほぼ停電。お風呂はもちろん入れず、電気を使うことはできない。料理はガスコンロで1品のみ。携帯ラジオもなく、近所の人がラジオを一時的に貸してくれ、さらに広がる被害を聞くことができた。

電気の代わりに、暖をとるために七輪。部屋の中は暖かくなってきたけど、顔や鼻の中が炭で黒々としてた。

 

飲み始めていたガンに効くかもしれないサプリメントくらいしか精神的に頼るところはなかった。

 

癌の可能性を示唆された者だけが知る、あらゆる可能性を考えてしまう気持ちがあると思う。

 

実は…手術前にどうしても外泊したかった理由がある。

犬。愛犬に会いたくて。

10年以上も前から、いつも一緒だった。素直で、ちょいワガママな女の子だけど、ずっとわたしを待ってるから。

久しぶりに会って、大喜び!いつもの国産のドッグフードをあげて、おやつもあげて、ひとときを愛情たっぷりに過ごした。

あとは。

私の場合は、女性として、医師からの説明の③「卵巣腫瘍(悪性)」ガンだった場合、30歳代で女性でなくなるのではないか、と何とかしてガンではない方法を考えてた。

 

💫History メニューに戻る

 


<<↓ 広告 ↓>>

めでたい「ご縁に」

【 時間を作れる今だから自己資産を増やしたい・FXに興味がある・試したい方 】

一度は耳にしたことのある、見たことあるコチラ


History3.💫

3.疑いを晴らす手術

■ 麻酔医師から、2時間以上に及ぶ説明を受けた。

A4の用紙に手書きで処置順序、状況、眠る前、後、麻酔の目的、事細かい説明だった。人生で手術を何度か受けたが、ここまで細やかな説明に感動しながら聴き入った。既成の印刷説明書だけでも細かいのに、補足事項を手書きでたっぷりと。

硬膜外麻酔、細い細いカテーテルが入ります、脊椎麻酔、くも膜下腔に3cc/4cc、チューブのメモ、たくさんたくさん書いてある。

私からも、理解できなかったことは質問、教えてもらい、すっっかり、スッキリして同意書にサイン。感謝。

卵巣腫瘍、眠ったあと、右もしくは左の・・・・中心静脈カテーテルを留置します。

■ 担当医師からも手術の説明を受けた。

説明書では、担当医師も、図解で丁寧に説明してくれた。

右卵巣腫瘍 ①良性 ②境界悪性 ③悪性(癌)

①の場合、・・・・どのような切除が行われるか、記載してくれた。

 

3パターンの可能性があるので、手術前のわたしは、いろいろ想像していた。このあたりが、ものすごく不安のピークだったかもしれない。

輸血及び血漿分画製剤治療に関する同意書も書いた。History2の時に採った自己血。

先生手書きの細やかなメモは、2枚に及び、ここでも私は、理解できるまで質問を続け、細かく説明してもらった。

※ これらの情報は、2011年当時の情報と記憶の記録であり、一部の例としてご理解ください。

 

💫History メニューに戻る

 

❤️手術

2011年3月17日

🌟

ありがたいことに、この時には、3.11の影響は多少薄れ、病院内は電気がつくようになっていた。

オペの機材は調達され、手術もできるようになっていた。

テレビもつくようになっていたので、6日前の震災がどれだけ凄まじいことであったのか、ニュースで知った。

休職中の会社、心配で心配でたまらなかった。会社にこっそり連絡し、会社の状況も聞いた。甚大被害はなかったことを確認し、手術への決心を固めていた。

🌟

朝、6時半すぎ、通常の検温、体調伺いの巡回。

全く、いつもと同じく元気。元気すぎて病院に

入院しているだけで具合が悪くなりそう、とは言えなかった。

まずは、胃腸を空にするために、大量の下剤。

2リットル以上を体に入れて、それで胃腸をキレイにするとは。

健康状態なだけに、なんとなく違和感。でも

手術が終われば、さっさと退院して仕事に復帰しようって。

胃腸が空になると、妙に体もスッキリした気がした。

9時頃、手術の準備のため、麻酔をすると言うことだ。

8時半すぎには、看護師さんがみえて、麻酔医師もいらっしゃり

長時間に及んだ手術前の説明通りに事が運んだ。

普段、先生の診察は15時ころね、なんて言われても、だいたい15時過ぎになる毎日だった。だから、麻酔の9時も当然遅れ、手術開始も早まる想定はまったくゼロ💦

そんな時に30分近くも前倒しで手術の時がやってくるって、人間の感覚、錯覚、思い込みってチョット待って〜!という感じ。

看護師さんたちが、皆で抱えてくださり、ストレッチャーに移動。入院部屋の隣り。

事前説明の通り、麻酔。

背中を丸めてぶすっと痛かったきがするけど、イテテ・・・

「大丈夫。癌細胞をやっつけるサプリメント集中して飲んだし。」なんて、自分に言い聞かせていた。

結構痛いな、って思っているのと同時に、「これから手術室に移動するよー。」うなづく。

ほんと、直後だと思う。間も無く意識が落ちた。

ふわーぅっっと。

あとは記憶がない。まったく無い。エレベータに乗ったことも。手術室のドアが開いたことも。

 

もう不安とか全く無い。

 



💙術後

「喉が渇きました。」

「水、ください。」

 

「顔、パンパンじゃないですか?」

ICU集中治療室、一人、看護師さんにお願い。

あまり水分を摂りすぎはダメで、何とか喉を潤す程度。

身体にはなんか、邪魔なものが。

痛み止めもききやすくするためか、中心静脈カテーテルが。バンバン寝返りしたいのに、バンバン寝返ると外れそうだから。ズリッとじわっと身体を移動させるだけ。今朝まで、めちゃ健康体で病院内のコンビニエンスストアまで階段で元気に上り下りしていたのに・・・・

🌟

手術は7時間近くかかった。私の場合、ちょっと生まれつき特殊な部位があって、婦人科の手術経験者。昔の癒着や特殊な部位が影響したのかな。結構時間がかかったかもね。

 

💫History メニューに戻る

💚「結果」治療 抗がん剤治療との闘い

 

2011年3月24日

「結果」が出た。

担当医師がまたまた丁寧に手書きでわかりやすく説明してくれた。

 

結果は、癌。悪性腫瘍。

事前説明の③。

 

子宮全摘(2つとも)。両側付属器切除。骨盤、傍大動脈リンパ節郭清、大網切除。

というパターン。

 

お腹には、昔の古傷もあり、二本の交差した跡。

今回の42針が分厚くなった皮膚に交差してた。

 

一番、想定しなかったパターン。これまで毎日毎日がんばって生きてきたのに。

手術が終わり一週間もしたら退院して、また楽しく仕事したい!って思ってたのに。

「わたしが、何をしたの?」

「わたしが、なぜこんな仕打ちを受けなきゃならんの?」

答えが見つからなかった。

 

 

<診断>

卵巣

病理組織:明細胞腺癌

1)漿液性腺癌

2)明細胞腺癌

3)粘液性線癌

4)類内膜線癌

 

この4種類のうち2)。

リンパ郭清(➖)

化学療法

この当時、初めは、

イリノテカン

シスプラチン

時間軸とともに手書きで説明してくださる。

<副作用> 7種類

①嘔気・嘔吐 → 制吐剤

②脱毛

③骨髄抑制 ・・・血液中の細胞が減る (赤血球、白血球、血小板について詳細記載いただく)

④下痢 →止痢剤

⑤腎機能障害、肝機能障害 ・・・対策を記載いただく

⑥薬アレルギー →薬の変更

⑦薬・点滴漏れ →皮膚潰瘍、壊死

 

それと。

「化学療法を受けられる患者様」というパンフレットを頂いた。

🌟

実は、少し前、手術の一週間前。

お付き合いを始めた彼がいた。

前々からの知り合い。お付き合いを始めたのと同じ日に、将来を約束して、これから、二人で1から歩いて行こうと、段取りをしようとしてた。

 

なくなっちゃった。

30代で、子宮すべて。卵巣もすべて。

数時間で、全部なくなっちゃった。なんで?なんでこのタイミング?理由は?なぜ?ずっと頭の中をぐるぐると同じ対話のやりとり。ひとりぼっちのやりとり。

 

毎日、毎日考えていたら、

結局、答えは、自分で決めるんだ。

今、こうしていられるだけで、幸せ。

 

これが私の出した明確な自信を持った答え。

 

噂では、抗がん剤治療で、髪の毛が束のように抜け落ちる、ということを聞いたことがある。自分は、髪の毛が昔から多くて多くてうざいくらいに多いから、ちょうど良かった。なんて余裕はなかった。

大至急、カツラ、とか、ウィッグというキーワードでスマートフォン様様。病院内のガン相談室のようなスペースへ出向き、パンフレット収集。

まさか。まさか。と思った。悲しいとか考える余裕ってないもの。

看護師さんが定時の巡回、検診にくるたび、「髪の毛は抗がん剤の治療を始めてから、どのくらいで抜けるの?」「全部無くなるの?」

質問をたくさんした。

看護師さんもシフト勤務のようなので、質問の相手は何人か。私の病棟は女性だけ。

🔘 人によって、髪の毛が抜けてくるタイミングは違うと思う。

🔘 同じ癌だとしても、使う抗がん剤が違うと、副作用の出方が異なる。

🔘 治療開始後、すぐに抜けるということはあまり聞かない。

 

という内容と憶えてる。

クールごとにカレンダーとにらめっこが始まった。

 

 

 

2011年5月28日

 

化学療法はじまる。

入院診療計画書には、

 

「卵巣腫瘍」

 

って。

化学療法。

 

って。

 

推定される入院期間は3ー4日って。

 

看護リハビリテーションからの計画欄には、

先生の筆跡と違って、看護師の方のフルネームトコメント。

私、腎臓が1つだけしかないから、尿も観察って。

 

🌟

不安だよ。

鏡を見るたび、ガラスに自分の顔が映るたび、

この肩まである髪の毛がなくなるの?って。

信じられるわけなかった。

でも、なくなるらしいから、肩まである髪が

なんら変わらない時に、と思って、

自撮りを何枚も。


<<↓ 広告 ↓>>

【 カツラ・ウィッグでお悩みの方 】

迷いますよね。カツラやウィッグの選び方。

このページの一番下にウィッグのリンクへ遊びに来てね。

今だからこそ、楽しむつもりで❤️


 

 

💫History メニューに戻る

 



 

 

💚心(こころ)の自己治療

子宮すべて。卵巣もすべて。

なくなった。

失った。

女として、女性として、女性ホルモンを左右する大切な器官。

どんな変化が起こるか。閉経後、と同じ現象。更年期障害がやってくる。

 

・・・・全部なくなっちゃった。

なくなっちゃった。

え?もう、月一度のが無いの?

まさか?だって、え?

 

髪の毛、髪を洗うとき、指にものすごい量が絡みついてくる。

まだ化学療法が始まる前に、ウィッグを準備しておいて良かった。

自分がかつらをかぶるとは思っていなかった。

なるべく「カツラです」とわからないようなものを選んだ。

 


<<↓ 広告 ↓>>

【 カツラ・ウィッグでお悩みの方 】

迷いますよね。カツラやウィッグの選び方。

このページの一番下にウィッグのリンクへ遊びに来てね。

今だからこそ、楽しむつもりで❤️


 

 

 

訪問いただき、ありがとうございます。

数日後、またリロード、画面の更新をしてお読みください。

💫History メニューに戻る

◉復帰への道

<< 準備中 >>

訪問いただき、ありがとうございます。

改めて更新します。

数日後、またリロード、画面の更新をしてお読みください。

💫History メニューに戻る

◉◉メッセージ◉◉

今でも、わたしは、癌との対話を忘れてはいません。

ウィッグをつけながら仕事をした日々も大切な思い出です。

こうしてどのような形でも社会復帰している今、すべての不安が消えているわけではありません。でも、本当にありがたい経験をさせてもらったと感謝しています。

癌と向き合えたからこそ、本当によかった。

見えないものが見えた。

感じないことを感じることができた。

他の女性が持っているもの、確立している環境、それは、いまの私は持っていない。

(これから、人工卵巣ができるかな?)

 

でも、他の女性が体験できない感性をものすごく磨くことができた。

人として、心底、人を思いやることができるようになってきた。

常に、感謝をしながら日々過ごすことができてきた。

めちゃくちゃ無茶はしなくなった。

一歩立ち止まって物事を冷静に判断できるようになった。

今まで美容に興味なかったけど、綺麗に、美しくなろうと思った。

好きな場所へ旅して楽しみたいと思った。

ちょっぴり我慢してきたものでも、自分へのご褒美として褒めてあげられるようになった。

 

今では、癌は、生活習慣病の一つに近い身近な存在ですよね。そして、年寄りになって同級会をした時、50人中25人はガンの経験者かもしれないですね。

早期に発見、ガン検診を受けましょう、と言っても、全く自覚症状がないために、つい後回し、つい検診を受けない人もいると思います。

ガンになってない人も、一度はなった人も、検診は大切だと思います。

ガンになったことのない人は、

医師に

「あなたは癌です。」

と言われるより、

「癌になる前に対処しておきましょう。」

と言われたほうが、気持ちは楽なはず。

 

ガンにかかった人も、、、、経験者だからこそ当然のように検査は大切なこと、共感ですよね。

 

必ず、必ず、明るい未来を信じて、明るい未来を自分たちで創れるように、一緒にがんばりましょう。

 

すべて。大丈夫。

 

癌の経験を、本当にありがとう。

 

 

💫History メニューに戻る

※ これらの情報は、2011年当時の情報と記憶の記録であり、一部の例としてご理解ください。

 

 

 



——————————————-

【 暇な時、今だから自己資産を増やしたい・FXに興味がある・試したい方 】



—————————————

【 ウィッグ・カツラ情報 】

今だからこそ、楽しんで❤️